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東京 closing down

青年の日常や苦悩と歯痒いまでのリアリティに落とし込まれる楽曲の数々に、全編エンドロールな新進気鋭の問題作 Photo by shun nishimu

擬態 7/15 14:01

 


渋谷にある某ビル8階にある広いオフィスの端、二十人弱のデスクが用意された島ではカタカタとキーボードのタッチ音だけが無機質に響いていた。

 

ブルーライト眼鏡を外し、目頭を押さえる。

 

姿勢を正すように背もたれに伸びれば、冷房が効き過ぎではないかと鳥肌のたった腕をこすり、カーディガンを羽織る女性社員を羨ましく眺めた。

 

 

所属する運用部署では、業務の9割9分をPC上で作業することもあって、必然的に会話の数も少なかった。

歴の長い先輩社員は、軽いジョークも交えながら周りに話しかけたり何でもない独り言を呟くことはあるが、アルバイトという最底辺の身分の俺から開口することは甚だ憚られる環境であった。

 

 

そんな肩身の狭い思いをしながら肩の凝る作業をしていると、俺の左隣りの先輩社員から声をかけられた。


 

「あとちょっと。あと数時間後にはthe HIATUSのライブだよ」


 

パソコンを見つめながら、高揚を抑えるように、キーボードを叩きながら先輩は言った。

 

the HIATUS(ハイエイタス)。

2008年のライブを最後に活動を休止したELLEGARDENのボーカルでもある、細美武士によるプロジェクトだ。

 

熱心とまでは言えないが、俺も好んで聞くアーティストであった。

多くの説明を省けばこのバンド、演奏、展開や構成が難解で、広くリスナーを捉えるようなキャッチーな曲が少ない。

客に媚びず、それでいて最高のアンサンブルで表現する彼らの音楽を俺は好きだった。

 

しかしやはり、友人知人の間ではなかなか共通で話の通じる人を見つけられず、Amazonのアルバムレビューを覗いては「そう、そこがいいんだ」、「それは違うだろ」、「確かにそうだ。」などと顔の見えないリスナーに共感を求めることが多かった。

 

ところが入社してすぐの頃、件(くだん)の先輩とお昼を一緒にさせていただいた際にお互いロックバンドが好きだということ、更にハイエイタスが好きだとわかり、意気投合した。

 

業務中、ランチ、喫煙所、先輩と顔を合わせばバンドの話をし、特に好きだというthe HIATUSの話では、例えばアルバムの発売日など俺の知らない情報を教えてくれた。

 

4月に行われた部署での親睦会の帰りに終電を失くしたときにも家に泊めていただき、夜通しライブDVDを観ることまであった。


 

そんなthe HIATUS、最近ではあまり動きがなかったのだが、先日二年半ぶりにフルアルバムが発売され、それに伴い全国ツアーも決定した。

 

アルバムの発売日、朝一番に先輩は「今日がきた。帰ったらCDを前に儀式だよ、儀式。」と拝む仕草をして見せ、日中落ち着かない様子で、相当好きなんだなと再確認した。

 

もちろんツアー初日のチケットも押さえており、ライブ数日前から「生で聞いたら泣いちゃうかもしれない」と漏らしていた。



 

そして今日、待望のライブ当日、先輩は開演に間に合わせるよう午後から有給を取っていた。

 

「あと数時間後にはライブかー」

 

予定では、もう数分すれば先輩は退社の時間となる。

 

「いいですねー」

 

俺は心から羨ましかった。

 

そういえば最近ではライブに行く機会がめっきり減った。

 

最後に行ったのは確か広島グリーンアリーナONE OK ROCKが来た時だった。


 

ただ、音楽もいいがせっかく東京にいるのだからお笑いのライブに行ってみたいと最近では感じている。

俺の部屋にはテレビが無いので、仕事から家に帰るとYouTubeで芸人のライブばかり見ていた。

 

そして、物思いに耽ることがあった。



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「最近ね、イライラする事が多いでしょ。」

 

「あー、そうなんだ。」

 

「だから僕ね、Twitterで呟きまくってるの。」

 

「平成かよ!

 今どきTwitterやってるのお前くらいしかいないだろ!」

 

ドッと客席から笑いが起きる。

 

 

20XX年。

 

もはやTwitterは終わったコンテンツとして見做されていた。

 

めざましテレビが実施したある小学校を対象とした調査によれば、『Twitterを知っているか』の質問に対し、その存在自体知らない、または昔話のよう認識している生徒が大半だったという。


 

「いや、ブライアンもいるよ」

 

「あの人まだやってるの!?」

 

「あとFacebookね」

 

「だから平成かよ!」

 

「投稿しても誰もいいね!してくれないんだよ」

 

「そりゃそうだろ。

 だからやってるのお前ぐらいだっての」


 

SNSというワードですら死語になりつつある時代だった。


 

「いやでもね、平成もよかったなって最近思うんですよ。」

 

「まあ確かにね。」

 

「2015年、ディズニーの、すごく流行ったよね。」

 

「あーそうそう。曲なんかもすごく流行ってね。」

 

ANAJALに乗ろう」

 

アナと雪の女王ね。

 そんな、みんな飛行機に乗ろうみたいなキャンペーン流行ってないから。」

 

「そうだっけ。」


 

時代が変わっても人々が笑いを求めることに変わりはなく、表現者は長い歴史を経て、ロボットには代替できない恒久的なポジションを確立したのだった。



 

「激おこプンプン丸!」

「もういいから!やめさせてもらうわ!」


 

拍手と共に、舞台袖に2人がはける。

 

客席では余韻を楽しむように人々の談笑が響いている。


 

「それでは只今より一番面白かった芸人を選抜する、投票タイムに移らせていただきます。」


 

投票とは言っても、手元のボタンを押し、各々が好みの芸人を選択することはない。

感情の起伏、瞬間の会場の笑いの量/質、その他審査の判断材料となる要素全てをモニタリングルームにて管理している。

どのタイミングで、どの芸人がその数値で優れていたか、総合的に判断し、最終的な順位が発表される。

 

このシステムは、芸人からの評判も良かった。

 

以前の投票システムであると、結局多く身内を呼んだ方が有利になり、フェアでないと不満が漏れることもあったのだ。

 

しかし先述の方法であれば確実な結果であるから文句は言えず、加えてネタのどの部分が良かった・悪かった等、精査の材料となるため多くの芸人から重宝されていた。


 

「公演は以上となります。

 本日は皆様、ご来場並びにご参加、誠にありがとうございました。」


 

再び拍手が起こると、客席のあちらこちらで人の姿がプツンと消え、まばらに座っていた客もそろそろと会場から去っていった。

 

 

会場に足を運ぶ時代は終わろうとしていた。

 

ここ数年では熱心な一部の層を除き、大半の客が自宅ないしはインターネットカフェのような場所から参加していた。

 

2018年の天皇陛下の生前退位によって平成が終わり、元号が変わったその数年後、情報技術は目まぐるしい発達を遂げた。

 

VRの応用によってゲーム業界に革命を起こしたトライブソリューションズと、韓国企業ヤクジンの共同開発により誕生した”DRVs2”は画期的なものだった。

離れた場所から任意の地点へ特定の人間を投影させるという、インタラクション技術の結晶だった。

 

そして瞬く間に世界中に普及し、ここ”ヨシモト∞ホール”でも早い段階から導入していた。

 

もちろん当初は反対の声も大きく、お笑いを含む劇場の伝統的な空気が侵されるとして、浅草に数百人の芸人が集まる大規模なデモ抗議にまで発展した。

しかし当時の吉本興業最高顧問、重松久人氏による、その年の流行語大賞まで受賞した「来たい人だけ来たらええやん。」発言で事態は急速に収束したのだった。



 

”常識”とは簡単にその姿を変えるものだ。

 

昨日までの普通は、明日からの異常なのだ。

 

その異常もまた、見慣れてしまえば手のひらを返したように常識へと変容する。

 

 

適応していく他ないのだ。

 

正義がどこにあろうとも、それが圧倒的なマイノリティーである限り、世間と同じ方向を向いていなければ「あいつは異常だ」と後ろ指を刺されてしまう。


 

 

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「いやー、マジ楽しみだよー。」


 

先輩は一応就業中であるから控えめに、しかし少年のようにわくわくを滲ませている。

 

只の貧乏揺すりであろう膝の揺れも、心なしか陽気なシャッフルビートを刻んでいるように映る。

 

 

「じゃあ、行ってくるわ!お疲れ!」

 

楽しんでください、と口から出かかったが、先輩に対し「楽しんで」と言うのはどうかと閉口した。

 

何となく上から目線な気もするし、言われなくても楽しむけど、と感じてしまうかもしれない。

失礼のないように、かつ気持よく送り出す言葉は何か、深く考える余裕もなく、結局口から出たのは、

 

「お楽しみに!」

 

と訳の分からない発言になってしまい、先輩も「ん?」と神妙な表情をしていた。

 

これではまるで俺が公演するかのような口ぶりだ。

 

先輩は足早にオフィスから姿を消した。



 

さて、と俺はパソコンに向き合い作業の続きを思いながら、考える。

 

 

正直言って、この作業にしてみても多少パソコンを扱えれば誰にでもできることだ。

 

自分でないといけない理由なんて、ほとんどない。

 

かと言って、好きなことだけしてお金を稼ぐことは、難しい。

 

自分にしかできないことをやらないと、焦っているのが自分でわかる。


 

自分らしさが消えてしまうことが怖い。


 

それを失くした時、果たして俺は俺であれるのか、不安になる。

 

外見や、服格好のことにそこまで重きは置いていない。

 

小学生、中学高校、大学と、自分を自分たらしめたアイデンティティが途切れることが怖い。

 

社会に生きる上で、適応し、同じ方向を向いていれば、不自然であることも、浮くこともないかもしれない、でも。


 

 

いつか東京タワーから下町を眺めた時に感じた、”必要でも不必要でもない、以下同文の存在”になってしまうことが怖い。

 

一匹狼を気取りたいわけではない。

 

先導者が声高に叫ぶ「我々は」に括られたくないだけだ。


 

 

もちろんこんなことを発言することもなく今日も、浮かないように、極力目立たぬように、必至に海面ぎりぎりを泳いでいる。

 

考えることを放棄してぷかぷか浮かぶこともなく、標的にされないように日の届かない深い海底を這うこともなく、たまに個性を覗かせながら、海面を泳いでいる。


 

いつか堂々と、臆さず高く飛んでいるその姿を、イメージして。

 

アスファルトを飛び跳ねる、トビウオに擬態して。

 

 

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