東京 closing down

現実とフィクションと楽曲が重なったとき、始まりのエンドロールが走りだす。 Photo by shun nishimu

overture(1/2) 8/4 23:20




狛江駅の改札を南口に抜ければ、人がまばらに行き交う商店街に出た。


商店街、とは言っても特段賑わうこともなく、特に平日である今日は老舗とおぼしき立ち飲み屋で会社帰りのサラリーマンがハイボールを飲んでいるだけだった。




その立ち飲み屋の二軒隣りには松屋があり、さらにその横に地下へと続く階段がある。



ひっそりと点灯する”Studio&Bar”の看板を横目に、イヤホンを外しながら薄暗い階段を下る。




いつ以来だろうかと、防音の重い扉をゆっくりと開けた。





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例によって朝から宅配寿司屋に出勤していたいつかの土曜日。




午前の注文が落ち着き、その日同じく出勤していた一つ歳下の蒼夏(そうか)と同じタイミングで一時間の昼休憩に入った。




店舗の中で商品を作る俺とは逆に蒼夏はデリバリー担当であったから、外は暑そうだね、ほんと暑いです焼けますよ、と会話をしながら簡単な賄いを作った。




店舗の裏口から外に出ると正面に比較的大きな公園があり、植えられた木々が裏路地に作る日陰で涼みながら、並んで賄いを食べていた。





蒼夏はギターを趣味にしており、以前からお互いにバンド経験者という認識があったので、必然的に会話の大半は音楽の話になった。





「国貞さんは今バンドやってないんですか。」





冷えた酢飯を頬張りながら蒼夏が尋ね、苦笑しながら返す。





「こっちに知り合いが居ないからね。」





もっとも現代では、インターネット上にメンバー募集の掲示板は山のようにあり”やろうと思えばやれる”のだ。


しかし連日のアルバイトと週二日の講座を考えれば、これ以上のタスクはなるべく避けたいと感じていた。





「それもそうですね。じゃあ良かったら今度、スタジオ入りませんか。」





久しぶりに耳にする誘い文句に、くすぐったいような懐かしさを覚える。



そこまで仲の深まっていない知人と「今度飲み行こうよ」と交わすように、バンドマンの間で交わされる「今度スタジオ入ろうよ」は親しみを込めた常套句だった。





「夜なら時間あるから、都合のいい日誘ってよ。」




二つ返事で決定するがその”今度”がなかなか訪れない幻の飲み会よろしく、実際に行くかどうかはともかく、少なくとも知人友人として「好意的に思っています」のサインとして受け取ることが礼儀だ。




スタジオ入りもまたリアリティに欠けた予定として、脳の片隅に静かにインプットした。







ところが先日、「来週の木曜、23時からスタジオ入りませんか?」と蒼夏からラインが届いた。



確かに「誘ってよ」とは言ったものの、現実に、更にここまで早くアポを取ってくるとは想定外だった。





“知り合いと趣味でバンドを組んでいるのだがドラムがいない、アジカンのコピーを数曲、簡単にでいいから来てくれないか”、という事情だった。




最も好んで聴くアーティストの一つだ。


来週の木曜までという時間的制約の中、関心のないバンドのコピーであれば考えどころだがアジカンとなれば話は別だった。



ここ数ヶ月ドラムに触れていないこと、元々ほとんど技量実力が無いことを、何度も念を押した上で、それでもいいと返事をもらった。




スタジオ入りは幻ではなくなった。






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広島ではよくスタジオに行くことがあった。


月に二度ほどの頻度で集まっていたバンドや、家が近所のギターの友人とは高校の頃からよく二人で音を合わせていた。



馴染みのある分厚い防音扉を開ければ、簡易な待合室に座っていた蒼夏が、お疲れ様です、と軽く頭を下げた。




おつかれ、と返しながら、蒼夏の隣に立つ二人の男性に目を向けた。




「国貞さんが入る少し前にお店を辞めたんですが、元スタッフの先輩です。」




蒼夏が二人を簡単に紹介した。




「あ、どうも。ギターボーカルの保田です。」




眼鏡をかけたTシャツ半パンの保田さん。




「今日はわざわざありがとうね。」




親しげに握手を求めたのがベースの清水さん。




「はじめまして、国貞と申します。」




てっきり蒼夏の友達が来るのかと思えば先輩方だったので、まるで仕上がっていないコピー曲に一層の不安が募った。





予定の23時になり各々ギターやエフェクターなどを背負って、押さえてあったBスタジオへ入った。



十畳程だろうか、正方形の部屋を見回した。



四方に置かれたスピーカー、正面の壁一面に貼られた鏡、ギター・ベースアンプ、そしてドラムセット。




久しぶりの空気に感じる高揚、先輩相手となれば下手はできない緊張感。





「あ、ほんとに、遊びだからさ。テキトウにやってくれたらいいから。」




持参のエフェクターをかちゃかちゃと踏みながら、心中を見透かしたように保田さんが笑いかける。




「申し訳ないです。なんとなく、誤魔化してやりますね。」



とクラッシュシンバルの角度を調整しながら言うと、




「俺の耳は騙されねーぞ。」




ベースを背負いながらアンプをいじる清水さんがにやにやと脅してくる。




「勘弁して下さい。」




「なんとなくで、大丈夫ですよ。」




そんなやりとりを聞いて、蒼夏が笑った。






左足を何度か踏み込み、ハイハットの噛み合わせを確かめる。



周りではマイクのリバーブや、俺にはよくわからないアンプのダイヤルを回したり音を調整し、各々がウォーミングアップをしていた。




本当にいつぶりだろうと、簡単なフレーズを叩いてみる。




元から大したことのない腕も、やはりそれなりに鈍っていた。



これはやばいかもしれないと要所のフレーズを確認していると、




「そろそろ、いこうか」




とマイク越しの保田さんの声に、底を這うようなベースの低音が姿を消した。






刹那の静寂が、スタジオ内を走り抜ける。






保田さんが目で合図を送る。





蒼夏がそれを受け取り、イントロのギターが無音の耳鳴りを追い越していった。




左足でリズムを取りながら右足をつま先から踏み込むと、清水さんのベースラインと重なるバスドラムがテンポを作ってゆく。




1オクターブ低く入るサビを、尖った気怠そうな声で保田さんが歌う。





視界の隅で、ギターの蒼夏が跳ぶのを捉えた。





その着地と同時にクラッシュシンバルを鳴らす。





金属の響きに頭の芯が痺れ、攻撃的にかき鳴らされるリフに、自然と踏み込む足に力が入る。






スティックを振り上げ、真っ直ぐにスネアドラムに落とす。



先端はスネアの中心、胴の部分は円の淵を捉える。






そう、これだ。






突き抜けるような快音に、目を閉じる。




頭の中の原曲、両耳に流れ込む歪んだメロディーに合わせ、スネアを鳴らした。





そう、この感覚。





歯痒さに煩悶する白昼を、

正夢にならない夢に歯軋りする夜を、

掴み所のない浮き雲で霞んだ日常を。





霧を晴らすように、何度もスティックを打ち付けた。








いつからだろう、新しい自分を求めたのは。

そしてそれを諦めたのは。




同級生と被らない進学先を望み、てきとうな理由をつけて選んだ高校。



小中学と続けていた野球も辞めて、軽音楽部も無いのにドラム教室に通った。




明確な目的も持たず、漠然と私立大学へ入学。




バイトして、たまのサークル活動、ドライブにカラオケ、飲み会。




何処にでもいるような、大学生。





野球もドラムも勉強も趣味も全て中途半端に思え、本気で取り組んだものも無く、ただカレンダーを捲る毎日。






自分の弱さ、甘さ、脆さ。






目を逸らすまいと、苦薬を舌でゆっくり溶かすように、今だけは受け入れる。






それが粉々に砕ければいいと、何度もスティックを振り上げた。









過去の自分を、殺すように。








繰り返し何度も、スティックを叩き付けた。





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