東京 closing down

現実とフィクションと楽曲が重なったとき、始まりのエンドロールが走りだす。 Photo by shun nishimu

3.スクールフィクション 9/24 0:08

 

例えばインディーズバンドの追っかけに筆頭する、”まだ売れていないバンド”のファンからすれば、メジャーデビューなどでそのバンドが注目を浴びて新規のファンが増えることを面白く思わないこともある。

 

言い換えれば、誰も見向きもしない苗から育ててきたリンゴの木がやっと成長したと思えば、手の平を返したように人々が実を摘み取っていくような感覚で、要はおいしい部分だけ持っていかれることがたまらなく悔しいのだ。

 

しかし本当にそのバンドを応援しているのであれば、「売れる」といった願いはバンドもファンも共通であるはずだ。

 

”売れる”こととは一つとして、多くのリスナーの支持を得ることであって、即ち新規ファンの流入が増えることに繋がる。

 

つまり、バンドを応援するファンであるということは必然的に、新規のファンを歓迎するべきなのだ。

 

そこにはジレンマがあり、応援はしているけど売れてほしくない、できるなら自分だけが好きでいたい、でもみんなにも知ってほしい、と口には出さない葛藤があるのだ。

 

 

友人の所属するバンドは広島での活動を経て、立派なミュージックビデオを公開し、全国のタワーレコードでシングルCDを発売した。

 

多くの時間を共有したわけではないが、同級生だった中学時代から大学入学後も幾度かの交友があったこと、以前に自主制作CDを購入していたこともあって、自分もその躍進を嬉しく感じた。

 

ただ、これまで公に応援したこともなければ、このバンドが好きだと公言したこともない。

 

今更応援していると発言することにある種の後ろめたさを感じる。

 

それは先述のインディーズバンドの件のように、全くの無名の時期から応援している同級生もいるであろうし、「売れそうだからって食いつくな」と思われてしまうようで、気が引ける。

 

そんなことは関係ないと理解はしている。

 

それでも。

 

「拓朗、酒が進んでないね。」

 

高崎が隣の座布団に腰を下ろし、親しげに肩を組んできた。

 

何処にでもあるような大衆居酒屋の一角では、宅配寿司屋のスタッフ数名が顔を合わせていた。

 

人員不足の中で予算以上の売上を記録した土曜日の営業終了後、店長である荻原(おぎはら)さんが「酒でも飲み行くか」と皆を誘ったのだった。

 

荻原さんは自他共に認めるお酒好きで、事あれば理由をつけて飲み会を企画した。

 

「ああ、ごめんごめん。」

 

氷が溶けて薄まったレモンサワーを一息に飲み干し、丁度オーダーを取りに来た店員に追加のレモンサワーを注文する。

 

「何を考えているのさ。」

 

何を、と問われて答えられないこと自体が悩みであるならば、この悩みを掘り下げる行為は風呂場の曇った鏡を手で拭うように途方も無く思えた。

 

何度拭ってもすぐに曇り、自画像は不鮮明なシルエットとして僕と対峙する。

 

鏡の向こう側の声はシャワーの音にかき消されたまま、不安や嫌悪や煩悶を揉み消すように泡立つ頭をかき混ぜる。

 

「なんや、拓朗がまたしょーもないことで悩んでんのか。」

 

対面の荻原さんは肉野菜炒めの肉だけを器用につまんでいた。

 

「何でもないです。ほんとに、しょーもないことなんで。」

 

残された只の野菜炒めを箸でつつき、自嘲っぽく笑った。

 

最近になり、旧友がそれぞれ進路を固める話を耳にすることが多くなった。

 

件のバンド活動に邁進するもの、英語圏での生活を視野に数年間の米国留学へ旅立つもの、プロダクションから声を掛けられファッション誌のモデルを任されたもの、夢を見つけたと会社を辞め専門学校に入学したもの。

 

各々の多様な方面での活躍を、同級生として嬉しく思う反面、堪らなく悔しかった。

 

喜びを分かち合いながら心の何処かでは、斜に構え皮肉になる感情があった。

 

その感情に気が付くと、すぐに振り払う。

 

現実が残酷なのではなく、人の中の虚構が楽観的すぎるのだ。

 

十年後の自分は、今この瞬間、一分一秒の連続の直線上にある。

 

今の僕に、何が出来るというのだろうか。

 

まるで自分だけが“考える”と言う概念を保持しているように周りは何も考えていないと思い込むのは、他人の思考を汲み取ることが出来ない想像力の欠如だ。

 

電車内での他人の通話に苛立ちを感じるのは、自分だけが蚊帳の外のような疎外感に起因するものだ。

 

そこに関わることが出来ないと理解すれば、馬鹿がする空っぽの会話、どうせ何も考えていないから迷惑も顧みないのだろうと敵意を抱く。

 

誰しもが考えている。

 

空腹にお腹がなるような分かり易いものではない。

 

憶測を巡らせることは可能であっても、真に根底まで他人の考えを覗き見ることはできない。

 

自分自身でさえ、覗くことができないものを。

 

「荻原さん俺の悩み聞いてくださいよ。」

 

頬を紅く染めた高崎が、組んだ肩から体を揺らしてきたので、俺は荻原さんじゃないと腕をほどいた。

 

「お前は黙って腹筋でもしてろや。」

 

高崎は姿勢よく敬礼すると、座敷に横になり腹筋を始めた。

滑稽なものを見るように荻原さんは笑うと、煙草に火をつけた。

 

「あんな、悩みとか相談とかな、よく聞くねんけど、大体みんな、自分の中でもう答えは出てんねん。」

 

数式の正答を知ったところで、それを導き出す過程を見つけ、証明することが出来なければ得点はない。

 

AがBであることを、証明せよ。

 

平行線の錯角が等しいので、A=Bである。

 

自分の行為に意味があることを、証明せよ。

 

そんなもの、知るはずがない。

 

「でもその答えに自信が持てへんから、他人の後押しが欲しいんやろな。間違ってないよって、それが正しいって、言ってほしいだけなんやろな。」

 

メビウスの6mgを深く吸い込み、火種が赤く伸びる。

 

相変わらず腹筋を続ける高崎を横目に、荻原さんは続けた。

 

「そらほんまに答えが分からん時はもちろんあるで。でもな、どっちがええかとか、こうしようと思うんですけどって時はな、そいつの中でもう決まってんねん。何を助言しようが、どんな言葉を掛けようが、大した意味は無いねん。」

 

まだ半分残っている煙草を灰皿で粗雑に揉み消すと、荻原さんは言った。

 

「お前自身が、一番わかってんねんやろ。」

 

まるで自分の両の瞳に胸中が映っているような気がして、思わず目を逸らした。

 

俺の事は俺が一番分かってるから。

 

父親に放ったいつかの言葉が、残響のように鼓膜を叩く。

 

「思うようにやったらええねん。お前の人生やろ。他人の意見に左右されて決めた道で、しょうもない結果になって後悔するよりはな、自分の思うようにやったらええねん。お前が何がしたいか、お前が一番理解してると思うし、もう答えは出てんねんやろ。やりたいようにやったらええねん。」

 

「俺、やってみようと思います。」

 

気が付けば腹筋を終えた高崎が隣の座布団に正座をして、真っ直ぐに荻原さんを見つめていた。

 

「俺、どうしようか迷ってたんですけど、荻原さんの言葉染みました。実は今日バイト前に」

 

「お前のことはどうでもええねん。勝手に腹筋やめんな。」

 

高崎は姿勢よく敬礼すると、再び腹筋を始めた。

 

重ねて、歪めて、蔑んで、尊んで。

比べて、寄り添って、犇めいて。

悩んで、悔やんで、迷って、息を殺して。

そうやって、人は生きてゆく。

生きる意味を、探してゆく。

 

「ほな、そろそろ次行こうや。」

 

荻原さんは一人会計を済ませると高崎を呼んだ。

 

「おい高崎、キャバクラ行くで。」

 

「はい、一生ついて行きます」

 

高崎は座敷から飛び起きると駆け足で荻原さんの元へ行った。

 

「拓朗も行くで。」

 

忘れ物でもしたようにこちらへ戻ってきた高崎は、腕を肩に回すと歌い始めた。

 

忘れてしまいたいことや どうしようもない寂しさに

包まれたときに男は 酒を飲むのでしょう

 

それは、48歳でこの世を去ったシンガーソングライター河島英五の代表曲、”酒と泪と男と女”だった。

 

男らしさと男の弱さ、そして女の脆さ書いた詞と、渋く力強くも温もりのある情緒的な歌唱が好きだった。

 

0時過ぎの国道沿いを、皆で並んで歌い歩いた。

 

飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで

飲んで 飲みつぶれて 眠るまで 飲んで

やがて男は 静かに眠るのでしょう

 

「動けよ青年。今動かずして、いつ動く」

 

高崎は自分の背中を叩くと、駆け出した。

 

「高崎もたまにはええこと言うな」

 

荻原さんが頷き、そして一つ問いかけた。

 

「動くのはええねんけど、お前どこへ走ってんの。」

 

「キャバクラです」

 

「不埒やなあ。」

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