東京 closing down

青年の日常や苦悩と歯痒いまでのリアリティに落とし込まれる楽曲の数々に、全編エンドロールな新進気鋭の問題作 Photo by shun nishimu

6.夜が明けたら 9/24 0:13

 


夜の帳は、地面に残った子供達の痕跡を包み込むように辺りに鎮座していた。

ブランコと鉄棒、タコの形をしたアスレチックの遊具が設置された第二公園の一角、手狭なグラウンド脇のベンチに栄治は陣取っていた。

Tシャツに羽織ったパーカーのポケットからラッキーストライクを取り出すと、一本に火をつけて月が霞む夜空にゆっくりと煙を吹きかけた。

 

昔から不良が多いと有名な此処近辺では、その名残を受け継いでか最近になっても原付にがに股で跨がった未成年の集団を見かけることが多い。

ここ第二公園も、その集会場所として使用されることが多かったことを懸念していたが、26時を回った今夜の公園に栄治以外に人影は無かった。

 

気が付けば、遠くの方で虫が鳴いていた。

ずっと前から鳴いていたのかもしれないし、たった今鳴き始めたのかもしれない。

時季を感じさせるその響きは、懐かしいような既視感と、季節の終わりを告げる物寂しさを含んでいた。

 

四隅にある入り口の内、遊具側から莉菜が歩いてくるのが見えた。

足元で煙草をもみ消すと、一つ深呼吸をした。

 

「自分で呼び出しておいてなんだけど、まさか本当に来るとは思わなかった。」

 

「じゃあやっぱり帰ろうかな。」

 

冗談だよと笑う栄治に毒づきながら、莉菜はベンチの隣に腰掛けた。

 

「今日は面倒な客は来なかった?」

 

「面白い客なら来たけどね。」

 

軽く雑談を交わし、ひと段落落ち着いたところで栄治は話し始めた。

 

「俺は夜が嫌いだよ。暗くて周りが見えないのをいいことに、余計なことばかり考えてしまう。」

 

ため息混じりに力無く笑った。

 

「私は夜、好きだけどな。」

 

少し間を置いて、莉奈は返した。

 

「みんなが寝静まった夜なら、誰にも干渉されずにいれるから。

 いつも思うんだよね。このまま、夜が続けばいいのになって。明日なんて、来なければいいのになって。」

 

そう憂う横顔は儚く脆く、そして綺麗だった。

 

考えたこともなかった。

 

このまま夜が続いたとすれば。

屏風に描かれた虎を縄で縛ることは一休でも不可能だ。

 

でも、栄治にとって苦痛であるそれだとしても、彼女が望むのなら。

明日が来ないことを、莉奈が望むのだとすれば。

 

「じゃあ、ずっと起きていようよ。」

 

目を合わさず、靴のつま先を見たまま言った。

 

「ずっとこのまま話をしていればさ、いつ明日が来たのかわからないよ。」

 

 欠けた月が、公園の二人を仄かに照らす。

 

「じわじわ夜明けを見させられるなんて、ただの拷問だよ。」

 

そう尖りながらも、どこか楽しそうに莉菜は笑った。

 

「いいの私は。もうさ、何かを期待したり、何かを追いかけたり、なんか疲れちゃってさ。

 例えばサラリーマンの父親がさ、こう在れと説いたところで、父親の人生としての正解か不正解がサラリーマンだっただけで、それ以外の人生を知らない人に語れることはないと思うんだよね。

 60歳の人が20代としての生き方を若者に説いたところで、その人にとっても二十代は一度しか経験してないことでしょ、最初の一球だけでピッチャーは評価できないよ。

 何歳であろうと、生まれ変われない限り、みんな人生のアマチュア。

 だったら、正解なんてわかるはずがないし、もちろん、わかるものであっても困るんだけど。」

 

微笑みを浮かべる口元からは、おぼろげな諦念が感じ取れた。

それを見て、莉奈と周りの友人を比べたときに感じる違和感の正体がなんとなく、理解できた気がした。

 

それは達観と言うよりも、理解を諦めた、純粋であって推し量ることのできない、紛れもない諦念だった。

 

「莉奈って、なんだか大人だね。」

 

片や自分のことで精一杯であるのに、人生についてここまで考えて、自分なりの結論を導いている存在を横目に、居心地の悪さを感じた。

 

最初の一球だけでピッチャーは評価できない。

確かにそうだ。

だとすれば、自分にとって22歳はボール、じゃあ来年は、ストライクを投じることができるだろうか。

 

「栄治はさ、大人って、どういうことだと思う?」

 

莉奈は栄治の方を見ることなく、尋ねた。

 

「20歳を越えたら社会的には成人として認められているよね、お酒も煙草も買えるようになるし。」

 

「なら、栄治は自分が大人だと思う?」

 

「それはどうかな、成人として自覚って言うか、子どものままじゃいけないなって思いはあるけど、やっぱり親父とか先輩とか見てるとまだまだ子どもだなって感じることもある。」

 

「私の考えるところはそこであってね。

 例えば、その栄治の先輩にしたって、そのまた先輩のような存在があれは何歳になっても「まだまだだな」って思うことがあると思うんだよね。」

 

「うん。」

 

「法律とかを抜きにしたときの“大人”っていうのは、年齢は関係ないと思う。

 だって、さすがに50歳になって子どもっていうのは無理があるし。」

 

「それはそうだ。」

 

「つまりね、大人になる瞬間っていうのは、誰かに「大人だな」って認められたときなんじゃないかなって。

 さっきの先輩の件にしたって、年齢云々を抜きにして後輩に“大人”って思われたときがそれに値するんじゃないかな。

 言ってしまえば、バイトの後輩に大人ですねって思われた時点でその人はもう大人なんだ、ってね。

 こればっかりは、年齢を無視したとき明確に線引きすることは難しいけど、

 狭義での”大人”っていうのは自負とか自尊じゃなくて、他人からの評価なんじゃないかな。

 他人に大人だって思われたとき、その他人にとってはその人はもう大人なんだよ。」

 

栄治は意見を持てないで腕を組んで夜空を見上げていた。

 

誰かに認められたとき。

今の自分を、誰が評価してくれるのだろうか。

 

騒がしい声が耳に入り込んできた。

今夜もやはり未成年の集団がやってきたのかとうんざりして声の方に目をやると、「高崎お前はな」と高崎の首に腕を回した年嵩の男と、それを見ながらげらげらと笑う男が公園へ入るところだった。

確認するまでもない、高崎とは昼間の学生、げらげら笑っているのは店で眠っていた男、今夜来店した三人組だった。

 

相当酔っているのだろう、肩をぶつけ合いながら、歌っている。

 

飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで

飲んで 飲みつぶれて 眠るまで 飲んで

 

 

「公園は憩いの場所です。」

 

同じ様にその光景を眺めていた莉奈がぼそっと呟くので、栄治は少し笑った。

 

「全く、参ったなあ。」

 

タコのアスレチックで心底楽しそうに走り回るいい年の男達の姿に、馬鹿みたいだと莉奈の口癖を真似て吐き捨てる反面、そんな仲間が居ることに若干嫉妬した。

 

漠然と光景を眺めていると、急に高崎が地面で腹筋を始めた。

それを見ながらあとの二人はげらげらと笑っている。

 

「荻原さん、こんな腹筋したって、何の、意味も、ないんじゃない、ですか」

 

高崎は律儀に腹筋を続ける合間に、抱いて当然の疑問を投げかけた。

 

「努力せん奴に成功はないねん。」

 

”荻原さん”なる男は、さも正義側のように毅然として言い放った。

 

「この努力が、報われるときは、果たして、来るのかな、拓朗」

 

拓朗と呼ばれた男はげらげら笑うだけだった。

 

「確かに、努力は必ず報われるとは限らんけどな。
 
 でもな、成功する奴は必ず、努力しとんねん。」

 

荻原さんは満足気に深く頷いた。

 

「俺今エエこと言ったな、お前今から家帰ってノートに百回書いてこい。」

 

指名された拓朗はげらげら笑いながら公園から姿を消した。

しばらく腹筋を続けた高崎は、徐ろに話し始めた。

 

「昨日、バイト前に、趣味が同じだって、連絡くれた人と、会ってきたんですよ」

 

遊具に腰掛けて煙草に火をつけた荻原さんは、黙って高崎の話に耳を傾けた。

 

「自分嬉しくて、その人、話すことも頭よくて、俺の為に言ってくれてる、って思うと、何か、裏切れないなって」

 

ペースを落としながらも、高崎は腹筋を続けた。

 

「俺はそいつがどんな奴かもわからへんし、お前が何を言われたんかもわからんけどな。

 でもな、高崎が信じてもええって思える奴なら、そうしたらええねん。

 仮にそいつが悪い奴やったとしても、こいつになら騙されてもええって思える奴なら、

 信じてやったらええやん。」

 

「俺馬鹿だからそういうの鈍いんすよね。

 でも、その人はきっと”いいやつ”ですよ。

 あの映画が好きな人に、悪いやつはいないですから」

 

高崎は地面に仰向けになってえへへと笑った。

 

「なに勝手に腹筋やめとんねん」

 

荻原さんは馬乗りになって高崎の脇腹をくすぐった。

 

「やめてください、やめてください」

 

がははと二人は笑いあった。

 

 

「なに、あれ。」

 

莉奈は我慢できないといったように吹き出した。

 

許されたいから許すのは、間違った思想かもしれない。

 

今まで傷つけた分だけ、いつかの誰かを救えるわけもないかもしれない。

 

でも、でも。

 

でも、夜が明けたら。

 

この夜が明けたら。

 

許されるような、そんな気がして。

 

今日だけは、この夜明けを、彼女は望んで迎えてくれるような、そんな気がして。

 

「ほんと、馬鹿みたいだ。」

 

明日、高崎に連絡しよう。

 

頬を伝う涙に、きっと莉奈は気がついているのだろう。

 

その横顔は相も変わらず儚くて、触れたら壊れてしまいそうだけど、諦念のない微笑みに、救われたような、そんな気がした。

 

 

夜が明けるよ

 

夜が明けるよ

 

ほら、夜明けだ

 

 

きっと彼女は、こう言って笑ってくれるだろう。

 

 

「馬鹿みたい。」



 

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街灯のまばらな夜道をふらふらと、帰路を辿った。

 

飲んでー、飲んでー、 飲まれてー、飲んでー

 

河島英五の“酒と泪と男と女”、名曲だ。

 

飲んでー、飲みつぶれて眠るまで、飲んでー

 

宅配寿司屋の飲み会帰り、きっと荻原さんと高崎はキャバクラに行ったのだろう。

 

俺はと言うと相も変わらず金欠病を患っているからとその誘いを断り、一軒目で早々に退散したのだった。

 

 

もしかしたら、二軒目以降でこんなストーリーがあったのかもしれない。

 

そうだな、ネズミ講にハマった栄治くんに、何かを諦めた莉奈ちゃん。

 

莉奈ちゃんの口癖は、きっとこうだ。

 

 

 

馬鹿みたい。

 

 

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