東京 closing down

現実とフィクションと音楽。始まりのエンドロール。 Photo by shun nishimu

2016-01-01から1年間の記事一覧

7.足首 12/1 16:40

畳の匂い。 祖父母の匂いだ。 マッチをおこし、半分に折った線香を灯す。 ゆらゆらと昇る懐かしい薫りを目で追えば、経年を感じさせる些か黄ばんだ壁に祖母と祖父の遺影が並んでいた。 父方の祖父母は、自分の出生と同時に建てたという団地の一軒家で一緒に…

6.夜が明けたら 9/24 0:13

夜の帳は、地面に残った子供達の痕跡を包み込むように辺りに鎮座していた。 ブランコと鉄棒、タコの形をしたアスレチックの遊具が設置された第二公園の一角、手狭なグラウンド脇のベンチに栄治は陣取っていた。 Tシャツに羽織ったパーカーのポケットからラッ…

5.The SEA 9/24 1:01

stability ― 安定。 物事が落ち着いていて、激しい変動がないこと。 「安定安定って世間ではよく言いますけど、アンテイってどういう字を書くか知っていますか。」 目の前にいる世間もよく理解していない“幸せ”な学生を眺める。 羨ましく、恨めしく、いたわ…

4.Girl meets NUMBER GIRL 9/24 1:05

「莉奈ちゃんは何カップなの」 「何カップに見えますか」 「どうだろうなあ」 そう言いながら伸ばされる太い腕を両手で受け止めると、優しく膝の上に戻した。 「お触りはダメですよ。」 「参ったなあ」 後退した額を手で叩き、ぜい肉を蓄えた腹を揺らしなが…

3.スクールフィクション 9/24 0:08

例えばインディーズバンドの追っかけに筆頭する、”まだ売れていないバンド”のファンからすれば、メジャーデビューなどでそのバンドが注目を浴びて新規のファンが増えることを面白く思わないこともある。 言い換えれば、誰も見向きもしない苗から育ててきたリ…

2.退屈しのぎ 9/9 20:17

秒針が小気味良い音を立てながら時間を刻む。 ぼうっと眺めながら、刻々と、二度無い時間を失い続けているのだと、じりじりとシャッターが下りる様をイメージした。 耳に飛び込んできたのは、聞くに聞き逃せない、まさに耳を疑う一言だった。 「セックスって…

1.WHIRLPOOL 9/4 15:30

スケジュール帳を見返して驚いたが、何も予定のない無計画の休日を過ごすのは、実に四月最後の日曜以来のことだった。 休みを得たところで特別するべきことも見つからず、友人と呼べる存在も乏しかったことから、曜日感覚も忘れアルバイトに忙殺される生活を…

蘇生(2/2) 8/11 19:28

突然の土砂降りを全身で浴びながら、”ショーシャンクの空に”を思い返していた。 約20年かけて独房の壁を掘り進め嵐の夜ついに脱獄に成功し、身に纏うものを脱ぎ捨て雨の降りしきる天を仰いだアンディに自身を重ねる。 黒い傘を広げた背広の中年が、奇妙なも…

overture(1/2) 8/4 23:20

狛江駅の改札を南口に抜ければ、人がまばらに行き交う商店街に出た。商店街、とは言っても特段賑わうこともなく、特に平日である今日は老舗とおぼしき立ち飲み屋で会社帰りのサラリーマンがハイボールを飲んでいるだけだった。その立ち飲み屋の二軒隣りには…

彩り 7/31 11:04

「お電話ありがとうございます。ーー狛江店、国貞が承ります。」 「あのねぇ、お寿司をお願いしたいんだけど」 女性、60代、定年退職した無愛想な旦那と悠々自適の老後生活。 「6人前ほど、いいかしら」 5年前に結婚した息子夫婦は横浜のマンションに暮らして…

くるみ 7/24 23:12

ぷかぷかと浮かび、換気扇に吸われていく煙を目で追いながら、相変わらずの台所の壁にもたれるようにしゃがんで、煙草を吸っていた。 近くに置いたスマートフォンのスピーカーから、まるで胸の思いを代弁するように、歌声が聞こえてくる。 ねぇ、くるみ この…

擬態 7/15 14:01

渋谷にある某ビル8階にある広いオフィスの端、二十人弱のデスクが用意された島ではカタカタとキーボードのタッチ音だけが無機質に響いていた。 ブルーライト眼鏡を外し、目頭を押さえる。 姿勢を正すように背もたれに伸びれば、冷房が効き過ぎではないかと鳥…

羊、吠える 7/1 14:28

何でもない平日の昼下がり、俺は”牛めし並”の食券を持って入口近くのカウンターに腰掛けた。 日本生まれではないであろう女性の店員は中途半端な量の水を無愛想に置き、 「ギュメシナミ」 と片言の呪文を厨房に向けてぶっきらぼうに伝える。 ちぎられた半券…

NOT FOUND 6/30 8:42

煩わしいアラーム音に苛立ちを感じながら、重たい瞼をうっすら開ける。 時刻は8:30、目覚めるには理想的な時刻だと毎晩認識して眠りについているはずだが、数時間後にはそれを真っ向から否定する。 夢と現実との境界線が曖昧なまま枕元のスマートフォンを手…