東京 closing down

現実とフィクションと音楽。始まりのエンドロール。 Photo by shun nishimu

愛煙家たちのジハード

とある日、禁煙を始めた。 煙草をやめた、ではなく、禁煙を始めた、とするあたりに意志の弱さが窺える。 そもそも俺が煙草を吸っている理由は、格好いいから、だけである。 一人でコーヒーを飲みながら煙草を吸う、友人とだべりながら煙草を吸う、それらが俯…

摩天楼に咲く蓮の花

手持ち無沙汰にネット配信番組のザッピングを繰り返していると、これぞ深夜番組、といったような企画に出会した。 性的交渉経験のない男性、いわゆる“童貞男子”にスポットを当てた番組だ。 セクシー女優の誘惑に対する童貞男子の反応を面白おかしく取り上げ…

closing down - 2 『ブラックアウト』

飛び交う記憶と黒い雲 砂漠に弾けて消える 光るプラズマTV 来たる未来の映像 降り止まぬ雨は軒先で 孤独に合わせて跳ねる ボタンひとつで転送 来たる未来を想像する 321 情報が錯綜 真実を知らない 現状と幻想の誕生 明日とその足音 321 感情の暴走 現実は逃…

closing down - 1 『未完』

平成が役目を終えた数年後の日本。 メダルラッシュの快挙に、大盛況のまま幕を下ろした東京オリンピックが残したのは、役目を失った乱立するコンクリートと、大勢の失業者だった。 活気は失われ、まるで空気が鉛でも含んでいるかのように、国全体がどんより…

3秒間のサイエンスフィクション

仕事の都合で赴いてた渋谷一等地のビルは、外観から小洒落ていた。 ただ物を届けるだけという簡単な任務だけれど、それでも入構には勇気がいった。 エレベーターもどこかSFじみているし、12階で降りると開放的なフロントには丸とも四角ともつかぬテーブルと…

これだから人生はやめられない。

何だって言うんだ。 「驚くほど綺麗にウロコが取れる!」なんてキッチン用品を、一体誰が買いに来ているのだろう。 俺はただ、霧吹きが欲しいだけだ。 時間がない。 ひょんな事から仕事で霧吹きが必要になり、それも10分後に欲しいなんて上司が言い出すもの…

湿った夢

清流の音だ。 清らかに流れる、透明な川だ。 その澄んだ音に耳をあずけ、誘われるように、黒く湿った木々を、すり抜けるように歩いた。 斜面はないから、山ではなく林のような場所だろう。 足取りは軽く、いや、ほとんど浮いているようで、だけれども後ろを…

夜を越えて 4/6

桜が綺麗だった。 毎年、この季節になれば目にしていたはずなのに、意識するより先に足を止めるほど、目を奪われた。 忙殺される日々から抜け出した四月の初頭、沿道に植えられたソメイヨシノは満開だった。 白桃の綿飴みたいなその一木も、近くに寄れば、一…

ろくでもないこと

「人生は煙草みたいなもんだ。最期はみんな灰になる。」 宮沢は火をつけたばかりの煙草をゆらゆらと揺らして言った。 「それなら別に、ビールだっていいじゃないか。飲み干せば最後には」 そう言って葛木はビールを一息に飲み干し、骨しか残らない、と続け、…

1グラムと空中分解 2/10 15:00

一万円を無くした。 それは決して、新宿の居酒屋でぼったくられたとか、パチンコで負けたであるとか、はたまたヤフオクで使い物にならないものを一万円で落札したわけでもない。単に、一万円札を紛失しただけだ。仕事の関係で二万円の立替が必要になることが…

忘却と怠惰 1/27 5:00

やらないといけない事が無いわけじゃないけど、それはなんとなく、今じゃないと思えた。かと言って、他にやることがあるわけでもない。確かに今、少しでも空いた時間に済ましておけば後々楽になるタスクもある。でもなんとなく、今じゃないと思えた。布団に…

ロストタイムと相対性理論 1/20 22:34

「なるほどな。」 「どうしたんですか?」 「“E=mc^2”だ。」 「なんですかそれは。」 「アインシュタインの式だ。 相対性理論って知ってるか」 「詳しくは知りません」 「E=mc^2、Eはエネルギー、mが重さ、cが光の速度だ。」 「なるほどですね」 「光の速…

弁当箱と換気扇 12/28 8:41

職場では、多忙なスケジュールを抱えるスタッフの為に、出前や弁当の注文をとっている。 夜勤のおれはその余りを、夜食として深夜に戴いていた。 千円近くする弁当は、一つ一つの具材が丁寧に調理されており、冷めていてもなおコンビニ弁当では味わえない満…

煙草と天動説 12/24 6:32

《東京の太陽は、ビル間から昇る。》 例えば有神論者は、 『この世界は神が創造したのだ』と謳う。 生命の誕生も地球の終焉も、神の意向によるものだと説く。 であるのなら、人の記憶や過去の記録は何の効力も失って、1995年2月27日におれが生まれたことの証…

咆哮とジョン・レノン 12/1 12:45

《一体何だというのだ》 プルースト現象とは、嗅覚や味覚から過去の記憶が呼び起こされる現象のことだ。 フランスの作家であるマルセル・プルーストの作品、“失われた時を求めて”の作中で、主人公がマドレーヌを口にしたとき幼少期の記憶が鮮明にフラッシュ…

7.足首 12/1 16:40

畳の匂い。 祖父母の匂いだ。 マッチをおこし、半分に折った線香を灯す。 ゆらゆらと昇る懐かしい薫りを目で追えば、経年を感じさせる些か黄ばんだ壁に祖母と祖父の遺影が並んでいた。 父方の祖父母は、自分の出生と同時に建てたという団地の一軒家で一緒に…

6.夜が明けたら 9/24 0:13

夜の帳は、地面に残った子供達の痕跡を包み込むように辺りに鎮座していた。 ブランコと鉄棒、タコの形をしたアスレチックの遊具が設置された第二公園の一角、手狭なグラウンド脇のベンチに栄治は陣取っていた。 Tシャツに羽織ったパーカーのポケットからラッ…

5.The SEA 9/24 1:01

stability ― 安定。 物事が落ち着いていて、激しい変動がないこと。 「安定安定って世間ではよく言いますけど、アンテイってどういう字を書くか知っていますか。」 目の前にいる世間もよく理解していない“幸せ”な学生を眺める。 羨ましく、恨めしく、いたわ…

4.Girl meets NUMBER GIRL 9/24 1:05

「莉奈ちゃんは何カップなの」 「何カップに見えますか」 「どうだろうなあ」 そう言いながら伸ばされる太い腕を両手で受け止めると、優しく膝の上に戻した。 「お触りはダメですよ。」 「参ったなあ」 後退した額を手で叩き、ぜい肉を蓄えた腹を揺らしなが…

3.スクールフィクション 9/24 0:08

例えばインディーズバンドの追っかけに筆頭する、”まだ売れていないバンド”のファンからすれば、メジャーデビューなどでそのバンドが注目を浴びて新規のファンが増えることを面白く思わないこともある。 言い換えれば、誰も見向きもしない苗から育ててきたリ…

2.退屈しのぎ 9/9 20:17

秒針が小気味良い音を立てながら時間を刻む。 ぼうっと眺めながら、刻々と、二度無い時間を失い続けているのだと、じりじりとシャッターが下りる様をイメージした。 耳に飛び込んできたのは、聞くに聞き逃せない、まさに耳を疑う一言だった。 「セックスって…

1.WHIRLPOOL 9/4 15:30

スケジュール帳を見返して驚いたが、何も予定のない無計画の休日を過ごすのは、実に四月最後の日曜以来のことだった。 休みを得たところで特別するべきことも見つからず、友人と呼べる存在も乏しかったことから、曜日感覚も忘れアルバイトに忙殺される生活を…

蘇生(2/2) 8/11 19:28

突然の土砂降りを全身で浴びながら、”ショーシャンクの空に”を思い返していた。 約20年かけて独房の壁を掘り進め嵐の夜ついに脱獄に成功し、身に纏うものを脱ぎ捨て雨の降りしきる天を仰いだアンディに自身を重ねる。 黒い傘を広げた背広の中年が、奇妙なも…

overture(1/2) 8/4 23:20

狛江駅の改札を南口に抜ければ、人がまばらに行き交う商店街に出た。商店街、とは言っても特段賑わうこともなく、特に平日である今日は老舗とおぼしき立ち飲み屋で会社帰りのサラリーマンがハイボールを飲んでいるだけだった。その立ち飲み屋の二軒隣りには…

彩り 7/31 11:04

「お電話ありがとうございます。ーー狛江店、国貞が承ります。」 「あのねぇ、お寿司をお願いしたいんだけど」 女性、60代、定年退職した無愛想な旦那と悠々自適の老後生活。 「6人前ほど、いいかしら」 5年前に結婚した息子夫婦は横浜のマンションに暮らして…

くるみ 7/24 23:12

ぷかぷかと浮かび、換気扇に吸われていく煙を目で追いながら、相変わらずの台所の壁にもたれるようにしゃがんで、煙草を吸っていた。 近くに置いたスマートフォンのスピーカーから、まるで胸の思いを代弁するように、歌声が聞こえてくる。 ねぇ、くるみ この…

擬態 7/15 14:01

渋谷にある某ビル8階にある広いオフィスの端、二十人弱のデスクが用意された島ではカタカタとキーボードのタッチ音だけが無機質に響いていた。 ブルーライト眼鏡を外し、目頭を押さえる。 姿勢を正すように背もたれに伸びれば、冷房が効き過ぎではないかと鳥…

羊、吠える 7/1 14:28

何でもない平日の昼下がり、俺は”牛めし並”の食券を持って入口近くのカウンターに腰掛けた。 日本生まれではないであろう女性の店員は中途半端な量の水を無愛想に置き、 「ギュメシナミ」 と片言の呪文を厨房に向けてぶっきらぼうに伝える。 ちぎられた半券…

NOT FOUND 6/30 8:42

煩わしいアラーム音に苛立ちを感じながら、重たい瞼をうっすら開ける。 時刻は8:30、目覚めるには理想的な時刻だと毎晩認識して眠りについているはずだが、数時間後にはそれを真っ向から否定する。 夢と現実との境界線が曖昧なまま枕元のスマートフォンを手…