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東京 closing down

青年の日常や苦悩と歯痒いまでのリアリティに落とし込まれる楽曲の数々に、全編エンドロールな新進気鋭の問題作 Photo by shun nishimu

ロストタイムと相対性理論 1/20 22:34

 

 

「なるほどな。」

 

「どうしたんですか?」

 

「“E=mc^2”だ。」

 

「なんですかそれは。」

 

アインシュタインの式だ。
 相対性理論って知ってるか」

 

「詳しくは知りません」

 

「E=mc^2、Eはエネルギー、mが重さ、cが光の速度だ。」

 

「なるほどですね」

 

「光の速度は定数だから、Eとm、つまりエネルギーと重さは比例する。」

 

「はい」

 

「そこの太った男を見てみろ」

 

「ふくよかです」

 

「うう…。エネルギーが大きいな。」

 

「なんですかそれは」

 

「さっきも言った通り、エネルギーと重さは比例する。」

 

「はい。」

 

「つまりあの太った男は多くのエネルギーを持っている。うう…。」

 

「ふくよかなエネルギーですね!うう!」

 

「あの若い女を見ろ」

 

「マフラーを巻いています。」

 

「あれは恐らくBURBERRYだな」

 

「お目が高い。」

 

「そして、あの腕時計はOMEGAだ」

 

「OMEGA高い。」

 

「この女は、そうだな、間違い。」

 

「なんですか」

 

「この女、相対性理論してやがる」

 

「本当ですか!?」

 

「まずあのバーバリーチェック、そこから理論は始まっている。」

 

「そうは見えませんが」

 

「始まっているんだ。そう見えるんだ。いや、そう見るんだ。始めるんだ。お前が」

 

「だんだん始まってきました」

 

「始まりがない者に終わりはない。
 終わりがない者に相対性理論はない。
 故に、始まりがない者に相対性理論はないんだ。」

 

「なるほどですね。」

 

「ウッ…!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あの太った男、一刻も早く痩せた方がいい…」

 

「ダイエットですか!?」

 

「心配ない。それにしてもあの男、完全に比例してやがる。」

 

「E=mc^2ですね!?」

 

「場所を移そう。ウッ…!?!?」

 

「どうしたんですか!?」

 

「あ、あの爺を見ろッ…!!」

 

「あの爺ってどれ…あッ…!!」

 

「うう…ッ。あれは爺ではない…Gだッ…!!」

 

「Gさんが!おGさんの耳が!」

 

「ああそうだ…。完全にイヤホンが量子力学を度外視してやがる…。」

 

「イヤホンが!おGさんの耳にイヤホンが入り込んでいます!」

 

「イヤホンのコードは通常、耳から下に垂れ下がるものだ…。

 しかしGの耳からは、横に、地面と水平にコードが延びている…。」

 

「普通イヤホンは耳に“掛ける”といった表現に近いですが、
 あのおGさんの場合、耳に“突き刺さっている”ように見えます。」

 

「あのGはやすやすと、俺たちの目の前で相対性理論を否定してやがる…。」

 

「!?!?」

 

「有り得ない…。イヤホンが丸々、耳に入り込むなんて有り得ない…。」

 

「でもっ!!でもッ!!」

 

「イヤホンを付ける時にわざわざ説明書を読む奴はいないだろう。
 それはイヤホンを差す向きが誰にでもわかるからだ。」

 

「それはそうですが…」

 

「イヤホンを垂直に差す人間はいない。
 いや言い方を変えよう。
 イヤホンを垂直に“差し込むことができる”人間は、いないからだ。」

 

「ッ!?!?」

 

「人間の耳の穴なんてしれている。
 “これ以上のサイズは需要がない”と仮定されて商品は作られる。
 光の速度を超えることが不可能であるように、50cmの靴は不必要なんだ。」

 

「それはそうですが…」

 

「しかしあのGさんは、我々の目の前で光の速度を超えて見せた。
 “入るはずがない”イヤホンを、突き刺して見せたんだ。」

 

「そんな!」

 

アインシュタインは誤った…。
 Gさんは、光の速度を超える…。」

 

「ウッ…!?!?とんでもない重力だ…」

 

「我々の前に突如として現れたG…。
 Gの参上、か…。いや待てよ…。」

 

「どうしたんですか」

 

「E=mc^2ではないんだ。
 E=G^3!
 エネルギーは、Gの三乗!
 爺の参上だ!!!」

 

相対性理論が!!相対性理論が!!」

 

 

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優先席の前のつり革を握りながら、車内を眺めた。

 

ドア横にもたれる太った男。

 

高価そうな装飾品を身に纏った若い女は、つり革に掴まらずスマホを操作している。

 

そして眼下の優先席には、垂直にイヤホンが刺さった老人が目を瞑っている。

 

会社を出てから聴き始めたONE OK ROCKの最新アルバムは、気がつくと二曲目が始まったところだった。

 

退社してから数十分、それはアルバムがいつの間にか一周していることを物語った。

 

何かに集中しているとき、時間の流れはなるほど早く感じるものだ。

 

午前からパソコンを前に、気がつくと日が暮れ、21時を回っていた。

 

帰りの電車内、物思いに耽っていると、鼓膜を振動させる音楽でさえ思考の邪魔をしない。

 

気がつけば、上京してもうすぐ一年が経つ。

 

途方もなく長く、5年先を考えれば気が遠くなるように感じていた。

 

しかし振り返ってみれば、素っ気く、呆気なくも思う。

 

時間の流れは、本当に平等なんだろうか。

 

光の速度は本当に、一定なんだろうか。

 

あの男を“太っている”と思うのは、とんでもない速度で移動して縦に縮んで見えているだけなんじゃないか。

 

動いているのは電車じゃなく、外の世界なんじゃないか。

 

世間が回っているだけで、俺は動いてないんじゃないか。

 

俺が一年を過ごしたんじゃなく、時間が俺を消化したんじゃないか。

 

まったく野田洋次郎みたいなことを言う。

 

主体はいつだって俺だ。

 

アイムシュタイン、アインシュタイン

 

そしてふと、相対性理論を思い出すのだった。

 

1/20 22:34