東京 closing down

現実とフィクションと音楽。始まりのエンドロール。 Photo by shun nishimu

これだから人生はやめられない。

 

 

何だって言うんだ。

 

「驚くほど綺麗にウロコが取れる!」なんてキッチン用品を、一体誰が買いに来ているのだろう。

 

俺はただ、霧吹きが欲しいだけだ。

 

時間がない。

 

ひょんな事から仕事で霧吹きが必要になり、それも10分後に欲しいなんて上司が言い出すものだから、職場近くの某激安の殿堂に赴いた。

 

近辺には雑貨店も、100円ショップすらないので、何かあればこの殿堂にお世話になっていた。

 

入社してすぐのとき、「ド◯キ行けば大概あるっしょ」と先輩から有難い助言をいただき、それを忠実に守り、今回も例に習ったのだが。

 

ここの店舗は二階建てなので、まず二階に上がった。

 

あてもなく探し回る時間もないので店員に聞くことにした。

 

こういった場合はまず聞くのが手っ取り早いのだ。

 

 

「霧吹きってありますか?」

 

「霧吹き?えーっと、霧吹き?二階にはないですね」

 

 

言動に一抹の不安を抱きながらも礼を述べ、一階に移動した。

 

一階でも店員に尋ねようと思ったが、あいにく多くの客で賑わい、従業員は皆レジに回っているようだった。

 

これは自力で見つけるほかないなと、端から見て回る、ローラー作戦を決行した。

 

しかし、ファブリーズのように中身がタプタプ入った霧吹き状の製品は存在するものの、空容器がない。

 

面倒なのでファブリーズの中身を捨てて使おうかとも考えたのだが、まずもったいないし、かと言って、買ってすぐ有効に使い切るには、俺自身が森の香りでビチャビチャになることは避けられなかった。

 

一瞬迷ったが、俺は突然ビチャビチャになりたくないので、迷ったことにすら後悔しつつ、大人しく空容器を探すことにした。

 

一番可能性を感じた洗剤の類が陳列された棚もくまなくチェックしたが、空の霧吹き容器の姿はなかった。

 

そしてキッチン用品の棚でくだんの「驚くほど綺麗にウロコが取れる!」謎の器具を発見した。

 

需要がないとは言わない。

 

しかしながら、まずもって、この在庫量と、そのニーズに目から鱗だ。

 

一体何だって言うんだ。

 

ここで、二階で尋ねた店員に疑念を抱いた。

 

そもそもあいつは、霧吹きがこの店にあるかどうかを知らないのではないか。

 

俺は一連のやり取りを思い出した。

 

 

「霧吹きってありますか?」

 

「霧吹き?(そんなニッチな製品は見たことないが)

 

えーっと、霧吹き?(本気で言っているのか?)

 

(少なくとも)二階にはないですね。(一階にあるとは言ってない)」

 

 

なるほど、あいつこそ森の香りでビチャビチャになるべきだ。

 

諦めて、念のため、他のエリアを回ることにした。

 

場違いであることを自覚しながらも、女性向け化粧品売り場に足を運んだが、「誰でもアヒル口に」なんて訳のわからない商品しか目につかなかった。

 

アヒル口になりたいと思う女性がいることにもかなり驚くが、それを数百円で叶えてくれる商品が存在することにもショックを受けた。

 

整形や植毛に関しても同じことを思うのだが、突然顔面が変化したときの周りの反応は気にならないのだろうか。

 

髪を切っただけで、「髪切ったね〜」とニヤニヤ近寄ってくる経理のおばちゃんがいるが、
同じように、俺がある日突然アヒル口になったとしたら、「アヒル口になったね〜」とニヤニヤ近寄ってくるだろうか。

 

否、逆の立場ならまず近寄らない。

 

何より、気味が悪い。

 

朝、おはようございます、と言われ、目を向ければ、新入社員が突然アヒル口なのだ。

 

俺なら無視するか、嘔吐するか、理由なく張り倒すか、森の香りでビチャビチャの刑をお見舞いする。

 

らちが明かないので、やはり一階の店員に聞こうと、きちんとレジに並んだ。

 

急いでいるのは自分だけではないはずだ。

 

目の前に並ぶサラリーマンも、何か重大な一刻を争う事情があって、コーラとポテチを抱えているのかもしれない。

 

その一つ前の女性も、数時間おきにチョコレートを食べなければ発作が起きる病で、その時間がきそうなのにチョコレートを切らしてしまっていて、発作を堪えながらチョコレートを抱えているのかもしれない。

 

はたから見れば、自分にしてみても同じだ。

 

急ぎ過ぎて、商品を持つことすら忘れて手ぶらで並んでいるのか、可哀想に、と同情されているかもしれない。

 

急いでいるのは自分だけではない。

 

そうして俺の番が回ってきて、同じ質問をした。

 

 

「霧吹きってありますか?」

 

「霧吹きですか?…あるかな。あー、キッチン用品とかのコーナーに。」

 

「キッチン用品のコーナーに、あるんですね?」

 

「…はい」

 

 

俺は店を出た。

 

そもそも、小声で呟いた「…あるかな。」が怪しさにまみれているし、そもそも、俺は知っている。

 

キッチン用品のコーナーには、「驚くほど綺麗にウロコがとれる」器具が異常量あるだけだ。

 

アヒル口になって上司に謝ろうか。

 

これだから人生はやめられない。